思いめぐらす日常のひとこま

はてなブログに移行し、和紙を素材に絵づくりなどを考えめぐらしています。

絵本のご紹介

九州北部大雨などで被害が拡大していますが、少しでも被害が少ないよう願うばかりです。心からお見舞いを申し上げます。 ヤフーブログから移行しましたが今までと勝手が違い、どのように活用できるか今後考えていきたいと思っています。 今回 私ごとですが、…

ヤフーブログから移行しました。

はてなブログに少しずつ慣れていきたいと思います。 とりあえず画像をアップします。

<74回目の終戦の日を迎えて>

残暑お見舞いを申し上げます。 今年は札幌で真夏日が10日以上続き、68年ぶりとのことです。 暑さが厳しい日々、どうぞご自愛くださいますようお願いいたします。 さて、ヤフーブログサービスの終了で、8月24日に引っ越すことに決めました。 「はてなブログ」…

新春のお喜びを申し上げます

あけまして、おめでとうございます。 昨年はご来訪をありがとうございました。 本年もどうぞ宜しくお願いいたします。 和紙を素材にハガキ大でつくりましたが、和紙で文字を書くのは難しいですね。 今年も楽しいことが多くありますよう、みな様の幸いを願っ…

★松浦武四郎が見た、蝦夷地を支配する松前藩 ⑤

さて、道南の「上の国町」から「松前町」に入り、北前船の寄港跡地にある道の駅「北前船松前」で昼食。松前は北海道の最南端に位置し、江戸時代には商品を運ぶ買積船の寄港で繁栄した町です。道内で唯一の城郭がある松前藩屋敷や寺院が多い城下町、桜の名所…

厚沢部町「蛾虫温泉旅館」と、レクの森「ヒバ爺さん」(北海道新聞函館支社の記事)④

「北海道胆振東部地震」後、震度6弱という初めての体験で意気消沈していたある日、 函館の友が切り抜いて持ってきた北海道新聞函館支社の記事を読み、ブログを書こうと意欲が湧いてきました。 江差の当日は曇り空。「かもめ島」では夕日も、海を隔てた「奥尻…

★幕末、江差を舞台に幕府軍艦「開陽丸」の運命(旧幕府とともに) ③

江差の海岸近くにある町役場前の国道228号に沿って、山側に一本入った通りが「いにしえ街道」で、江戸末期の歴史的な建造物やお寺などが建っています。 ニシン漁の廻船問屋「旧中村家住宅」、漁業、商業などの問屋「横山家」、また北海道最古の神社「姥神大…

★ 松浦武四郎が歩いたであろう、道南日本海側 の沿岸地域を旅して ②

アジアが強国ヨーロッパに植民地される情勢の中で、当時ロシア船が日本に度々渡航していることを知った松浦武四郎は、北方の防備に目覚めて蝦夷地の探検を決心します。 28歳の時、青森から江差の船に乗せてもらい初上陸します(1845年)。しかし、瀬棚まで行…

★「ようこそ北海道へ」北海道命名150年、命名者は幕末の探検家・松浦 武四郎 ①

9月6日の震度7「北海道胆振東部地震」では、札幌市で私が住んでいる地区も震度6弱と高層マンションなどの揺れは大きく、ライフラインの影響や被害がありました。2週間が過ぎても特に被害の多い地域では亡くなった方が多く、今も避難所で不自由な生活を…

★【心に残る場面づくり】「時の扉」

★心に残る場面づくり 【6回】 「時の扉」 場面設定(紋別市 大山山頂展望塔)オホーツクスカイタワー) 流氷の時期、展望台から紋別の街が一望できます。 今回のテーマは、辻邦生の小説「時の扉」です。(和紙を素材に、F15号で作っています) 「時の扉」は…

広島、長崎に原爆投下 そして終戦の日(第二次世界大戦後73年)

【 折り鶴の世界 】 一日一羽、一万鶴 ★4cm×4cm四方の小さな和紙で折っています(しんなりした和紙) ★折り鶴の世界は、自然災害の回復、また平和で普通の暮らしを願う折り鶴たちです。 (舞台は、60㎝×70㎝と決めています) 各地域の悲惨な自然災…

有島記念館、北海道ニセコ町

先日、有島記念館に行ってきました。(2018年6月9日は有島武郎の命日、生誕140周年、また3代目の有島記念館40周年と重なった日となり、有島も応えてか、コンサートの場所で遺影を移動する際に落下しそうになり、ひやっとした場面も。)現在の記念館は北海道…

2018年になりました。

新春 (和紙を素材に作ってみました) 新春のお喜びを申し上げます。 みな様のご健康とお幸せを、心からお願い申し上げております。 昨年はすっかりご無沙汰しておりました。 今年からは少し余裕ができそうで、ブログのアップ回数を多くしたいと考えています…

<「札幌国際芸術祭2017」(芸術祭ってなんだ?)>を観て(2) 一市民の感想

9月30日の朝、東区にある「モエレ沼公園」に行ってきました。芸術祭閉幕の前日です。私用のため音楽祭には参加できず、演奏が行われる場所に大風呂敷を敷き詰めるイベントに、1時間ばかり参加してきました。イサム・ノグチ設計の公園、最大の造形山「モエレ…

「札幌国際芸術祭2017」(芸術祭ってなんだ?)を観て。(1)

木々の葉が色づきはじめ、うろこ雲、ひつじ雲、すじ雲、かすみ雲、9月中旬頃には重たい雨雲などが広がり、秋の季節が少しずつ近づいてきました。ニユースでは台風18号の上陸で九州や西日本方面などが暴風雨になり、北海道にも影響が出ているようです。被害が…

終戦後72年を迎えて(2017年)

暑中お見舞いを申し上げます。 この度、九州や東北方面、また各地域で記録的な豪雨に見舞われました。また大型の台風が近づいていますので、心配しています。一日も早く安心できる暮らしができますように心から願っております。 最も暑いこの時期、8月6日に…

2017年、新年のご挨拶

あけまして、おめでとうございます。 (子どもたちが、安心して暮らせる社会を願って、和紙を素材につくりました) 今年は、みな様にとっても幸いな年でありますよう お願いしております。 ブログをしばらく更新していませんが、今年は少しがんばって、 アッ…

11月1日、北国はいよいよ冬へ。

北海道の初雪は早く、札幌も10月20日に初雪が観測されました。16年ぶりの早い記録だそうです。予想では、今日も湿った雪が降りそうです。寒くなりました。 パソコンが不安定でダマシながら使っていますが、ブログのアップもご無沙汰していました。その分、…

<ふらふら寄り道・・最終、⑯「啄木は今も函館で永遠の眠りに」(2)

さて、前回のつづきです。(パソコンが不安定のため、啄木への道、最終ブログのアップがたいへん遅くなりました) <ふらふら寄り道・・、⑮「啄木は函館の立待岬で永遠の眠りに、啄木の足跡を偲んで」(1) 【5】函館公園の裏門からタクシーで→「石川啄木…

今年も、戦争のない平和な暮らしを考える。

暑い毎日、暑中お見舞いを申し上げます。 1945年8月6日に広島、9日には長崎への原子爆弾投下。日本は世界で唯一の被爆国といわれています。今年も日本の平和を考える時期になりました。 現在も、被爆した心身の痛みを抱えて、悲惨な過去の出来事を語…

<ふらふら寄り道・・、⑮「啄木は函館の立待岬で永遠の眠りに、啄木の足跡を偲んで」(1)

5月の肌寒い日、函館に行ってきました。啄木ゆかりの場所を辿る小さな旅です。 早朝6時に特急で札幌駅を出発し、帰りは函館駅18:49発の日帰り。雨も降っていて、せわしい旅になりました。特急で札幌~函館までは3時間半程。札幌~網走間の5時間20分程を思う…

<ふらふら寄り道・・、⑭<海を渡った「啄木日記」>

明治41年4月25日 石川啄木は函館から海路を渡って上京した。風呂敷に包んだ日記と小樽日報に載せた記事を切り抜いて綴った「小樽のかたみ」を提げて、金田一京助を訪ねている。その後、東京で約4年間暮らし明治45年4月13日に病死した。 <前回のブログ> <…

熊本地震から1ヶ月。

熊本地震から1ケ月が経ちました。1万人ほどの方が今も不自由な避難生活をしています。余震を感じながら暮らす生活は耐えられない日々と想像しますが、一日も早く、仮設住宅などでプライバシーが守られた暮らしを願っています。 熊本地震災害の回復を願い、…

「北海道知事公館」の春

4月29日と30日、北海道では雪がどんと降って冬の景色に驚いています。 札幌は少し吹雪きましたが、積雪はありません。 28日に北海道知事公館の庭園に行きました。早咲きの桜が3本ほど満開でしたが、まだ3~5分咲きです。これからが見頃でしょう。 …

<ふらふら寄り道・・、⑬<4月13日、石川啄木の命日>

2016年、今年は石川啄木生誕130周年、4月13日の命日には105の回啄木忌の法要が盛岡の「宝徳寺」で行われる。 啄木は明治45年(1912)4月13日午前9時30分頃に亡くなった。 <前回のブログ> <ふらふら寄り道・・、⑫啄木の暮らしと借金> 明治45年4月13…

<ふらふら寄り道・・、⑫啄木の暮らしと借金>

他の木に移る気ままな啄木鳥のようにもみえる木像。(小樽市文学館の展示から、2013,2,22撮影) また、「糸切れし紙鳶(たこ)のごとくに わかき日のこころ軽くも 飛び去りしかな ―啄木―」 のようにもみえる。(金田一京助著「石川啄木」6ページ) 前回ブロ…

<連絡船が渡っていた海、新幹線が青函トンネルを走って北海道に上陸>

1954年9月26日、青函連絡船「洞爺丸」が台風に遭い、悲惨な海難事故から62年。 本州とつながる安全な輸送路として、海底トンネルを走っていた「カシオペア」「はまなす」(札幌~函館~本州へ)「白鳥」「スーパー白鳥」が、2016年3月26日北海道新幹線開業の…

「北海道知事公館」の冬

「北海道知事公館」の作品をアップします。 和紙を素材につくっています。知事公館の庭園を場面に、「ちょっとした話」を和紙絵と言葉で綴りたいと、少しずつ進めています。 4月以降には集中して頑張りたいと思っています。 お話は、サイトに載せていきます…

<日本最北の地、冬の稚内へ>

2月4日、稚内に行ってきました。札幌~特急で5時間以上、遠いですね。 右手に明かるく灯っているのが、稚内駅です。その向こうには港湾、灯台も見えます。左前方、駅から徒歩で10分ほどの場所に、北防波堤のドームがありました。 昭和13年に、防波堤桟橋駅を…

<ふらふら寄り道・・、⑪啄木は函館の親友、義弟となった宮崎郁雨と義絶>

前回のブログ <ふらふら寄り道・・⑩ 啄木3度目の上京、金田一京助との暮らし> 啄木が函館から上京し3年目、明治44年2月に慢性腹膜炎に罹って1ヶ月半入院している。3月15日に退院し「東京朝日新聞」に休業を届け出て自宅療養になった。9月3日の日記に「・・…